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WEBLOG

私がブログを書く理由。

今週のお題「私がブログを書く理由」

連日朝まで執筆作業を進めていた。スズメのさえずりが、すっかり子守唄変わりになっている。

今朝、章を書き終えて原稿を編集者にデータを送信した。
さすがに疲れてしまって、編集者へのメールも少し乱文になってしまって申し訳ない。
明日には、また次の章の執筆にとりかかろう。タートルのようにゆっくりでも歩き続ける。 

今回は、はてなブログのお題を織り交ぜて執筆日記にしようと思う。

 

 理由1

私がこのブログを書いている第一の理由は、息抜きである。なので集中しすぎて、行き過ぎないようには注意している。ゆるりと書くのだ。

最近では、仕事と執筆の往来が私の生活の中心にある。一日のうちの膨大な時間をパソコンと向き合う。これだけ座っていると重心もおかしくなってくる。
こうして執筆日記を書いている今もパソコンから離れていない。それが息抜きなのか?と思う方もいるだろう。
体的に休息は出来ていないと思うが、自分を開放出来るこのブログの存在は十分な息抜きだと私は思っている。そのおかげで心の休息はとれている。気軽にリラックスしている。百聞一見。やってみると分かると思う。もちろん、この後は体を休める休憩もとるつもりだ。千円を握りしめてコンビニにも行く。

理由2

ブログを通して言葉を書く事でエネルギーを発している。と自分では思っている。
執筆のしすぎで頭がおかしくなったのではないだろうか。瞬間的にそんな事を思う方もいるかもしれないが、これは本を書く以前から思っていた事である。
つまりは、最初から頭がおかしかったという結論でもあるが。熱論するところでもないので、そこは構わず進めていく。
エネルギーを発する事で、新たなエネルギーが生み出される。出せば生まれる。このサイクルが私は好きだ。ダイナミックに自分を動かしてくれる。これがもう一つの理由である。

この部分にはもう一つの理由がある。

文字を書くだけでなく、何をするにもエネルギーを発している。特にそれを人の目に晒した場合、エネルギーは人に伝わり、感情を生み出す。誕生したものには、共感や反感もあるだろう。KFCがうまいまずいのように、人それぞれだ。個人の尺度で決まる。『人間は万物の尺度である』と言ったのは誰だっただろう。カメラにブロア粗末にかけながら思い出そう。
どんな感情にしても、自分が発したエネルギーで人に感情が生まれる。
これは、エネルギーを発する事がなければ起きない。思い続けても発しなければ届かない。
エネルギーを発した事によって、どんな感情が生まれる事になろうが、自分にとって不満足だろうが、私は怖がらずエネルギーを発する。私にとっては、小型バスを運転するよりも簡単だ。ちなみに普通免許すら持っていない。

まだこのブログでは、エネルギーの届く範囲も少ないと思うが、これからその範囲が広がる。自主的にしろ他動的にしろ、可能性も大きく広がる。同じようにして、今回の本の執筆も生み出されたのだ。到底理解出来なくても、誰か共感してくれる人がいれば光栄だ。
共感しあうエネルギーが共鳴し合えば、大きく広がり交じり合う波紋のように、個人以上のエネルギーが生まれる。協和音だろうが不協和音だろうが、その広がりが非常に楽しみだ。

これが私のブログを書く理由だ。

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